人生というテーマパーク
おやすみ
世間では一斉に休日を迎えてそれぞれの過ごし方で楽しんでいるようだね。もちろん、おやすみだからとどこかへ出かけなければならないとか、充実した休日にすべく努力しなければならないとか、そんな風に捉えてしまうとせっかくのおやすみが台無しだ。そうではなく、今あるそこで何ができるかを見つけて夢中になってやるだけでいいんだ。ところが、こうあるべきだとか、ほかはこうしているからそれと同じようにしなければ楽しいとは言えないとか、そんなことばかり気にして動いてみたところで結局はクタクタになるだけのおやすみとなってしまう。本来とは真逆の行動をなぜかしているような気もするけれども、実はそれでいいんだよ。はてそれはどうしてだろうか。
疲労
お金も暇もなく、あいにくおやすみではなく仕事の人も同時にたくさんいるね。ちょっとした人混みに出かけてみればすぐにわかるだろう。多くの人を相手に必至になって売り歩いている売り子さんだったり、これほど混雑しているにも関わらず寸分違わず運行している交通機関なんかもそうだね。人出が多くなれば忙しくなる商売や仕事があらゆるところで見つかるはずだ。彼らはそれでも楽しそうに働いている。世間ではおやすみだけれども、まったくもって正反対の暮らしの中にいる。おやすみには楽しまなければならないと義務感だけで人混みにまみれうんざりしているあなたと、そこで仕事があることの喜びを感じつつ生き生きと商売に励んでいる店主と、結果同じようにクタクタな一日を過ごしているわけだけれども、はてさて本当のところ幸せに違いはあるのだろうか。
生きること
そこで見て取れることは、いつも何かをしなければならないのではなく、そこで起こったことに対して全力で対処しているだけだ。もちろん思い切って人混みにまみれつつも家族とともにでかけた先には必ず感動と思い出を生み出すだろうし、今年こそ商売の起死回生を願って人混みを喜んでいる店主にも、後々大いなる転換点として語り継ぐことになるかもしれない。そう、いずれにせよ長い目で見たときは大いなる幸せをそこで感じていたわけだ。あなたはどんな状況下であってもそれらを自由に組み合わせることができるね。もちろん家でのんびり過ごすのもいいし、混んでいることを知りつつも出かけることもいい。仕事柄おやすみなんてなく、実は一番忙しく過ごしてもいい。どのみちあなたは大いなる幸せに包まれつつ、特別な体験をしているのだからね。