ひとりじゃない
一人ぼっち
あなたはいつも寂しい思いをしている。あなたを十分にわかってくれて、ずっと文句も言わずそばに居てくれるような人がいないからだね。それであなたはずっと孤独な日々を暮らしていると勘違いしている。そんな都合のいい他人がいつか現れると思って、ずっとその人を心待ちにしている。あなた以外の人から見れば、それは孤独ごっこでしかなく、多くの人に今も支えられて生きていることを完全に無視しているに過ぎない。蛇口をひねると清潔な水が出るし、スイッチをオンにすれば煌々と電気が部屋を照らす。暑ければエアコンで快適に過ごすこともできるし、電車は秒刻みであなたを運んでくれている。顔も名前を知らないたくさんの人達があなたの暮らしを支えてくれている。もちろんそれはお金を払っているから当たり前だとあなたは言うけれども、そのお金を稼ぐのに色んな人が絡み合っているからこそ、あなたは仕事に対してうんざりしているというのにね。
縁
そうやって、良いか悪いかなんかを超越した人間関係の中にあなたはいることには間違いない。仮に仕事をやめて家に引きこもったとしても、スマホやネットで見ているあなたはそこから逃れることなんてできない。それこそ人里離れた山奥で文明の力を全く使わない生活をしようとしても、そこまでたどり着くための道中やその後の自給自足の生活を始めるためのあらゆるものは、誰かが作ってくれたものに頼っている。無人島にでも流れ着いて、そこで人生をやり直すぐらいしか方法はないわけだけれども、そこでさえ、あなたは食べるために食物連鎖の関係の中に頼るしかない。そうやって関係性や縁というものを完全に捨て去った孤独なんていうのは成立しにくいわけだ。逆に言えば独り静かに暮らせているのも、それを支えてくれる誰かがいてのことだということに気がつくだろう。
連鎖
そうやってあなたはただ独り静かに暮すだけでも、多くの人に支えられてのこそだ。ならば、人間関係や出来事の関わりをもっと丁寧に見つめたほうが、その快適な状況を長続きさせることができるわけだ。それをないがしろにして、俺は俺だと吠えたところであなたが好む方向へは全く向かわないだろう。すべては感謝であり奇跡であるというあまりにもシンプルな仕組みに支えられてのあなただということ。それこそが人生そのものを支える根底であるわけだ。だからどんなことでも丁寧に対応することが、結局のところあなたが快適に暮らすことができる第一歩だ。いつもあらゆる人に心を配り、感謝を伝えることで簡単にあなたの人生は好転するのはそういうことだね。誰かを呪っていたり文句を言い続けているのなら、すぐさまそれをやめたほうがいい。それが腑に落ちるとき、あなたは真の意味で孤独を楽しむことができるわけだ。愛すべき皆に支えられながらね。