通り雨

日々

通り雨

楽しみにしていた旅行の日が、たまたま雨だったらあなたは随分とがっかりするだろう。けれども連日猛暑の日々で、ふいに出くわす通り雨にはそれほどの負の感情は起きないね。それには2つの大きな理由があって、一つは暑さがその後緩和されることを知っているからなのと、その雨は恵みの雨であり湿り気が枯渇した世界を一時的に潤してくれる。さらにその雨は春や秋の長雨ではなく、すぐに終わることも知っている。すなわち多少涼しくなることと、すぐに止むことであなたはむしろそれを難なく受け入れることができるわけだ。これを人生の悩み事として見たらどうだろう。もちろん雨が振らないほうが濡れないですむし、行動を一時的に制限されることもない。ただし、晴れていたところですでに暑くてあなたの行動は制限されていたんじゃないかな。となれば、幾分前向きにとらえられるとしてもおかしくはないね。

予測

悩み事の多くも同じようなものだ。その苦しみがずっと続くと勘違いしているから大きな不安しかあなたはそこから感じとることができない。さらに、そのせいであなたは思うように動けなくなっているから、それがとても鬱陶しく思っている。通り雨のように、すぐにそれは終わり、そのせいで束の間の涼を得ることができるとはならないから、世界のすべてが灰色に見えてしまっている。振り返ってみても、こんなつまらない人生なんて早く終わってしまえばいいのに、なんて投げやりになっている時間は、それほど長くはないことを知っているにも関わらずね。やっぱりその渦中ではそれさえも見失ってしまうぐらい、どっぷりと浸かってしまっている。もちろん、急な雨であなたはずぶ濡れになっているかもしれない。けれども、それはやがてすっかり乾くことも知っているというのに。

路傍の花

突然の雨に驚いたあなたは、ちょうどいい軒先をみつけて雨宿りをしている。そこからすべての木々が雨に濡れている様子を眺めている。それらは逃げも隠れもできず、そのまま雨に打たれている。あなたはようやく雨宿りができたものの、せっかくの衣装が雨で濡れてしまって、その不快さを嘆いている。激しく振り付ける雨が地面ではねてもはやあなたの足元は水たまりのようだ。それでも、世界はそのまま濡れている。雨が降ったら濡れることをまるで楽しんでいるかのごとくね。なんてついてない日だと思ってあなたは足元を見る。そこにはすっかり濡れながらも、しっかりと根づいている草花がそこにある。さっきから何事もなかったかのように、すっぽりと濡れている。ずっと見つめていると、それはそれで美しい姿であり、何なら濡れることを楽しんでいるようにも感じられてくる。一方であなたは少し濡れただけで、すでに憂鬱な世界一色に染まっている。そうこうしているうちに、あれほど激しかった雨もすっかり止んだ。世界はまた何事もなかったかのようにそのまんまそこにある。