思い込んだら
予測不能
いつも終わりは突然にやってくる。もちろん予想できることもあるにはあるけれども、まさかこんなことでということも多いね。そう、なんでもほぼ思い通りにやれると思っているけれども、実はやっぱり物事は突然に終わることのほうが多い。それはあなたの思いだけでコントロールできるものではなく、いろんな複雑なパラメータが絡み合っている。だから、いつも突然に何かが起こると感じるわけだ。そう前触れもなくそれらはやってきて、あなたを困惑させる。そしてやっぱり思い通りなんて行くわけもない現実を体感することで、なぜか一人勝手に無力感を感じている。物事はそもそもそういうものであるし、それがあなたに気づきを与えてくれ続けてきたね。だから、無力感を感じることだけは余計なことだ。それよりもその出来事を楽しんだほうがいいね。
終わり始まり
何かが終わるとこれまでのなにもかもが全部無に帰するような感じがしているだろう。けれどもそれは大いなる勘違いだね。一つの物事が終わったところで特に何かが大きく変わることなんてほぼないことも知っているだろう。それよりも、それを手放すことで新たな可能性を手にするチャンスが生まれるわけだ。どちらに比重をおいて評価するかによるけれども、だいたいは良いことだと言っていいね。これまでのしがらみを手放すことで、その両手に新しい世界を掴み取ることができるのだから。もちろん、それがこれまでのものより優れているとか素晴らしいとか断定しているわけではない。逆に何を掴むかはまだわからないのだから。でも、何かしら掴むことができる喜びは何に比べたとしても揺るがないね。
思い
そこで少しだけこれまでの反省があるとしたら、それを支えていたのはあなたの手だけではないということに気づくことが多い。そう、あなたが思い通りにしていたと思いこんでいたことが、実は全く持ってそうではなかったということに愕然とすることがほとんどだ。よくよく答え合わせのように身近な仲間の話を聞いていると、あなたは実は何もしていなかったことが明らかになる。そう、何かを掴んだと勘違いしていただけで、実は何も掴めては居ないし、むしろあなたは今のあなたと微塵にも変化はないということだ。でも、あなたはそれを確かに掴んでいたという記憶だけがそこにある。それが真実であり、正体でもある。あなたがそう思えばそうであるし、あなたがそう思わなければそうでない。この世は単に勘違いでできているわけだ。なら同じ勘違いをするならば、できるだけ楽しい勘違いがいいね。そして大いに思い違いを楽しもう。