受け取る準備だけでいい

日々

ワクワク

希望に溢れた人は何があっても力強く進んでいるように見える。あなたからは、それは強い意思のチカラがそうさせていると見えるだろう。でも当の本人からすれば、そんなふうには全く思っていないことが多いね。逆にあなたがそのように思われたとしても、あなたからすればその通りだと思えることもないだろう。あなたにとってそれは、自分ができることだけをやっている状態であって、何も大きな努力とか、つらい苦しみを乗り越えているわけではないからだね。結局のところ、そういわれるたり見られたりするのは、あなたの意思とは全く関係のないことであって、思わぬところからそう言われるだけなんだ。あなたにも同じようにコンプレックスがあり、日々思うようにならない日常を過ごしているだけであって、幸せいっぱいでもないし、かといって不幸のどん底でもない。本当にいつものことをいつものようにやっているだけというのが正直なところだね。

真似る

ああいうふうになりたいと思って、それをできるだけ真似しようと頑張ってみる。そうすると誰もが経験する違和感が生まれるね。どうも忠実に真似しようとすればするほど、なぜか思っている方向には行かずどんどんあなたの感覚とずれていくからだ。やっぱりあなたにはそれをするチカラも才能もないのかと落胆して諦めることが多い。でもそれはそもそもその真似ることが間違っているからだね。先のあなたにとってはなんでもないことを、あえてそれを特別視することで起こるズレのようなものだとも言える。結局のところあなたの強みとか、あなたが誰かを見てそう思う凄さは、ある特定の位置から見ているそれであって、その本質とはかけ離れたものだからだ。大いなる流れの中で、あなたが自然と無意識に振る舞っているそれは、もはやあなたではないとも言える。同じように、あなたが憧れるその人の本質も同じく、その人のものではないわけだ。

楽しい方向へ

だから、あなたがあなたではない何かを得ようとして、努力したり頑張ったりすることで、どうにかできると思いこんでいる状況に陥ってしまう。そうなると、すでに経験しているように常にその辛さとの戦いの日々となってしまう。そうではなく、その大いなるエネルギーに寄り添って無意識にうまく活用し整理している状況であることこそが、気楽な毎日の本質だね。そこにはあなたがあなたとして依存している憧れも嫉妬も不要だ。そんな思いを呼び寄せる隙もなくあなたがなんてことのない毎日を過ごすように、その流れに上手に乗って、楽しんでいるかどうかだけだね。だから苦しいときや、もやもやしたときは、これまで通りにあなたが心地よく過ごせて、楽しい方向へ舵をきるだけでいい。結局のところ、何があっても生き抜くチカラというあなたが憧れているそれは、今まで通りに流れをきちんと受け止められる整理と準備だけしておけばいいということになるわけだ。