鬼は誰?

日々

鬼退治

古来から、人々が恐れ、人々を苦しめる「悪い」鬼がいたようだね。勇敢な少年が、人々の苦しみを嘆き悲しみ、その鬼をやっつける。そうして人々は笑って暮らしたとさ、めでたしめでたしのストーリー。それが昔話になっている。それをやっつけるのはたいていヒーロー役の主人公で、やっつけられるのが「なんだかよくわからない」鬼で悪役。悪役の鬼は改心して良い奴になったりする。「なんだかよくわからない」鬼は死んでしまっていなくなることは稀だね。こういったお話は、一体何を伝えているのだろう。

鬼の役は誰?

人々にあらゆる災いをもたらす悪の根源を「鬼」と設定して、その「なんだかよくわからない」災いの元を退治すると、なぜか平和で楽しい暮らしが訪れるっていう流れになっているね。その因果関係もあやしいんだけど、この際細かいことは置いておこう。大昔から「なんだかよくわからない」鬼が暮らしの真ん中にいたみたい。逆にいえば「なんだかよくわからない」鬼は、昔から身近でみんなが「よく知っている」存在だったとも言えるね。だって「なんだかよくわからない」はずなのに、鬼といえば「ああ」となるわけだから。どの時代にも、どの暮らしにも、どの地方にも必ず「なんだかよくわからない」けれど「よく知っている」鬼がいる。ちょっと不思議。で、平和な暮らしには「なんだかよくわからない」けれど「よく知っている」鬼が必要だったというわけ。

鬼は死にません

昔話で退治された鬼は消えていなくなることはないみたいね。鬼は改心してひそかに良い奴となっていたり、逆にその強さを良いことに向けて「神様」のような存在に変わったりする。徹底的に鬼を駆逐して全滅させるような物語は見当たらないね。それは、鬼という存在が「なんだかよくわからない」役に過ぎず、実は「よく知っている」隣人が演じているだけだからかも。単なる演劇の「配役」っぽいね。ゲームで言えば設定だね。だから予定調和の結末である、みんなが笑って暮らすためには鬼も欠かせないわけね。みんなにはきちんと「鬼」も含まれている。だから、本当に退治してしまって、鬼がどんどん死んでいなくなったら「みんな楽しく平和に暮らしたとさ」という結末と矛盾してしまう。悪い奴は全部駆逐してしまえ、という文脈だと、結末は「ヒーロー」と一部の「フォロワー」しか生き残らない物語になってしまうよね。ちょっと後味よくないかな。

みんななかま

なんだかよくわからない」ものや、好ましくないことはいつの時代も必ず起きるということを「よく知っている」ね。それをどう乗り越えていくのかを伝えているのが昔話。生き抜く知恵を伝えていたのだろうね。恐れ過ぎず、近づき過ぎず、やっつけて殲滅させず、真正面から向き合って話し合い、鬼を神に変えるということ。なるほど先人の知恵は素晴らしい。子供騙しの昔話だと気にも留めないけれど、今こそ学ぶことがたくさんあるんじゃないのかな。幸せと災いはドラマの配役にすぎず、もとは同じなかまなんだからね。
今日の鬼は誰?じゃぁ、10数えてる間に絶対見ちゃダメだからね。