幸せの世界

日々

相変わらず

たまにお会いする親友や同僚に、お変わりありませんか、などと挨拶をするね。それは主に環境や体調の面を心配してのことだけれども、なにか人生の一大事が起きていたとしてもそれになんとか対応できていますか、という意味でもあるね。実際は日々いろんなことが起こっているだろう。けれども、なんとかそれらをやり過ごして健やかに暮らしていることを願う言葉だろう。そもそもあなた自身も細胞レベルで言えばどんどん入れ替わっているわけであり、おそらく数年前と今とではまるきり新品になっているわけだ。生命活動はエントロピーとの戦いであって、すべてを代謝することで現状を維持しようともがき続けている。あなたがいつまでもあなたとしてそこに形作るためには、裏側では相当の入れ替えが起こっているわけだね。それでなんとか現状を維持し続けることがかろうじてできているという暗黙の了解がそこにある。

良き変化

すなわち、お陰様でなんてこともない日常を過ごしていますよ、なんて謙遜して返答するわけだ。しかしそれは本質を吐露しているわけではなく、無意識的にもう物質的には別人と言ってもいいぐらい器官や組織は物理的に入れ替わっているけれども、不思議なことにこれまでと同じように生命活動を維持できているということだ。普段と同じにするためにね。びっくりするほどの大変革を起こすために、最低限の現状維持を保つためには総入れ替えし続けているという裏側がそこにある。あなた自身はなんにも変わってないと言うそれは、実はすべてが休むことなく入れ替わっているという事実がそこにあるわけだ。さらにそこから少しでもなにか変化することができれば、例外なく奇跡に近いことだと言っていい。だから、その上で実は新しいなにかが起きたのならば素晴らしい変化と言っても過言ではないね。

気に入らないこと

それでもそういう変化に対して、あなたは選り好みをしているわけだ。だから、思っていたようには全くいかないことを忌み嫌うわけだけれども、それすらそうなったことがどれほどすごいことかということを無視している。もちろんあとになってみれば、それはまた一つその時点でのあなたを構成する重要な要素になっていることを知ることになるね。あなたにはそれすら気づかせないぐらいに、あまりにも奇跡的に変化し続けているからだ。事実あなたはもはやどこかのスナップショットでのあなたではないにもかかわらず、相変わらずのんびりと暮らしているのだからね。それに気づけばすべてがあなたのためにあることだと知ることになる。いいとか悪いとか、気にいるとか気に入らないとか、そんな戯れすら愛おしくなるだろう。また、そうやって愚痴を言ったり、不平不満をもらしたりすることすら幸せという大きな一つの中での些細な出来事だからだね。そうやってあなたはこれまでもこれからも幸せの一つの中でしか生きられないわけだ。