あなたの境界線

日々

点と線

こんなことしてなんの役に立つのだろう、とふと思う瞬間が誰しもあるね。なんだかやりたいこととやりたくないことが思い通りにいかないもどかしさみたいなものを感じている。できれば最短距離で成果をあげたいと思っているのだけれども、なんだか遠回りばかりしてなんの手応えもないと感じてしまっているからだ。ところが、人生に無駄なことがないと言われることが多いように、それは一種種まきのようなもので、いずれ花を咲かせる時が必ず来るわけだ。けれどもタイムラグがあるが故に、苦労の割には見返りがすぐにやってくるわけではないので少し焦ってしまうわけだ。人生は思わぬ展開へと進んでいくことが多く、ほとんどはあなたが思うがままというわけにはいかない。でもそれは逆に、あなたが思うそれよりもずっと深淵で広いとも言える。あなたが想定した範囲内でこじんまりと生きることを許されないのは、結局のところすべてはあなたの想像を超えたなにかであることを示唆しているわけだ。

あるようでない

あなたは、自然の一部であることは間違いなく、物質的にはこの地球上のものでできているわけだ。逆にそれ以外の要素はまったくないのは厳然たる事実だね。だから山や川や木と同じと言っても良い。そのあなたがなぜか特別感を抱き、あなただけは自然とは切り離された存在であると認識している。それが可能であるから一時の自然とは別のあなたとして切り出すことができている。ところが、それはずっとは続けることができない儚い存在だということも気がついている。森が夢を見た瞬間のように、あなたも同じような存在であることには間違いない。そもそも自然の流れに沿ってすべては動いているだけだから、あなたもそれから切り離されて独立して動けると思い込んでいるだけで、それは甚だしい勘違いでもある。でもその勘違いがあなたの正体そのものだ。だから、あなたの思い通りにならないことはもはやお約束でもあるね。

まるごと楽しむ

自然現象の一部であるあなたが、ひょんなことから特別感を抱ける今を、奇跡と呼ばずしてなんと呼べばいいのだろう。だからこそ、この儚い今を存分に楽しめばいいだけだ。他の動物はそんな素振りさえない。おそらくは機械のように自らの意思というものがなく、反応で動き、まるで操られているかのような動きしかしない。もちろんそれらの中には親しみが持てる行動も見つけられるけれども、おそらくそれはあなたの勘違いでしかない。決まり切った反応とそれに沿った行動の繰り返しが自然界に大いなる揺らぎを引き起こすことによって、まるでそれは有機的な生命体のように振る舞っているわけだ。そしてショッキングなことにあなたもそれとほぼ変わらない存在であることを否定することが困難だ。だからこそ、神を生み出し、社会という共同幻想を創り上げて、幻影を継続できるようにしたとも言える。そういった基本構造を見抜くことができれば、今を楽しむということが生きることそのものでしかないということを察知できるだろう。