日々

いつもやるべきことをやろうとすると、何か障害が起こってそれを邪魔することが起きる。すると、あなたはそれを解決するために一人必死になってさらに慌てているね。そんな心の状態で何をやってもうまくいくわけがなく、さらにまた事を大きくしてしまってもうてんやわんやになって途方にくれている。そんなときは一度深呼吸して立ちどまろうね。

日々

まだまだ現役バリバリですよとあなたは言うけれど、もうあなたの市場価値はすでに下降気味だと告げられてひどく落ち込んでしまう。もはや人の価値も市場価値で測られるようになっているね。その最たる例が年齢だという。古いより新しいことが良いものとされ、古くなれば市場から退場を告げられてしまうね。古いと価値がなくなるわけないのにね。

日々

夕焼けの空は赤色というけれど、実際ずっと眺めているとどんどん色が変わっていくね。そしてそのグラデーションと雲が夕日を反射して光っている部分と影の部分と刻々と変化していく。もうすべてを言葉で表すことをあきらめたときに、その大自然と一体化した安心感が生まれるね。その瞬間にあれこれ分離する世界が溶けてなくなったからなんだよ。

日々

おしゃべりなんていう言葉は、どちらかというと信頼ならないという意味であまり好ましくない意味で使われることが多いのかな。でもおしゃべりは楽しいね。持ち合わせている能力を総動員してなんとか今の気持ちを相手に伝えられたら、それだけで幸せになれるね。心は見えないけれど、言葉の活動によってほんの少しだけその片鱗が見えたからだね。

日々

大き過ぎず、小さ過ぎず、軽過ぎず、重過ぎず、ちょうどいい形のバッグが欲しいと思っているそこのあなた。そんなバッグが欲しいと思ったのはどうしてか説明できるかな?そういうバッグを探し求める旅に出て、もうずいぶんいろんなバッグを手にしてきたけれど、毎回これで決まりと思ったのにまたこれじゃないと思い始めているね。なぜだろう?

日々

疑わしい言葉を探すとすぐに見つかるね。言葉は複数の意味をそもそも持っている。なぜなら、大きな一つものから区別するために切り取られて記号化されたものだからだね。その言葉を吟味して検証してしまうと、本来の意味から大きく外れてしまう。あなたも頭があって脳があると言うけれど、頭と脳という言葉の中にはあなたはどこにもいないね。

日々

うまくいかないとか、思った通りの結果が出なかったとか、こんなはずじゃなかったのにとか、何気なくそれを不幸の言葉として使ってしまっているね。でも、それをどうしてダメな言葉のように使うようになったの?ちょっと考えてみてよ。何が起こるかわからないのが楽しみの人生なのに、思い通りにいかないことががっかりだなんておかしくない?

日々

何か目標を設定して、そのためにコツコツと進めているつもりのあなた。そんなことだからいつまでたっても何も到達しないで自己嫌悪に陥ってしまうんだよ。で、さらにそれを解決するためにまた目標をたててしまうという悪循環に陥っているんだよ。目標よりも今すぐできることに注力しよう。何でもいいから今できることをしたら、もう達成だよね。

日々

ありがたいと思う時は言葉が出ないときもある。けれど何か言うとしたら「ありがとう」しかないね。他に言葉は必要ない。はてさて今日は何回「ありがとう」という言葉を使ったかな。「すいません」と言う言葉を「ありがとう」代わりに使う癖があるあなたは、ついつい「ありがとう」の前に「すいません」と言うね。それはどうしてそうなると思う?

日々

一方的な視点でしか見ることができないし、そうすることしか輪郭を浮き彫りにすることができない仕組みになっているね。全部幸せな暮らしの中で幸せを見つけることはできない。真っ白な世界で白を見つけられないのと同じだね。だからその中に黒い点をおかないと区別がつかない。区別というのが認識できる「そこにあるもの」として見えるんだね。