わたしの居場所
迷い迷ってぐるっと一周して、気がつけばもとの場所になんてことはよくあること。なんだここが求めていた場所なんだなんて徒労に終わってがっかりするけれど、そうじゃなくてここにいるからその体験が生まれたんだよね。もっといいところを探す冒険は、いまここがとても素晴らしいところだと再確認するためのものだった。え?もう一周してみる?
でかくて重い
無駄にでかくて大きくて重いものは、それが生まれた時代背景をまとっているね。おおらかでのんびりしている暮らしだとか、それを憧れにしていた人々の価値観なんかをモノが体現している。古くても多くの人を魅了する原因は「ないものねだり」かも。それが欲しいとか欲しくないとかも時代背景の文脈から逃れられないんだね。
もうそこにはいないよ
生きている証が欲しくて、いろんなものを手に入れようとするけれど、あらゆるものはこの手からするりと抜けてしまって、何も掴めない。でもそれは掴めないと知っているから掴もうとする。ずっとそばに居てほしいと願うのも、それが叶わない夢だと知っているからそう願う。やりたいことはやれそうにないこと。それが生きることそのものかもね。
切れた電球
電球なんてもはや旧式。今はLEDとかになっている。もういい加減LEDに変えちゃえば切れないのに、なんて思いながら切れた電球を交換している。LEDなんて自分の残りの人生以上に持つとかすごい。もう煩わしい電球交換という作業が一つ減ることが人類の幸せにつながるのかな。そんなこと今ごちゃごちゃ言わないで、早く交換してよ。もう。
自分だって自分勝手
そうしたいからそうするだけでいいのに、本当はしたくないことをしてあげるのは慈悲深いからなのかな?わたしはどうなってもいいから多くの人を助けたいという慈悲の気持ちは自分だけの大切なもの。それこそ自分勝手にしたいことをすればいいと思うよ。やりたいことをやっているのが一番だよね。でも他人もそうすべきと思うのはなんか違うよね。
わたし待つわ
予定した通りにことが運ぶなんてことは滅多にないことぐらい、みんな知っているのに。だから予定通りにいかないときにはじっと待つということも計算に入れておかないとね。なんだか目まぐるしく変わっていく世の中についていけないことが害悪と言われてるけど、そうやって急かしている人ほど全く思い通りにいかなくて辛そうに見えるんだけど。
Stay Dream
夢の中で夢を見て、夢のような暮らしを求めてもがいていたいつかの少年もやがて歳をとる。そして、ふと思いがけずあの当時の少年に再会すると、真正面にその顔を見るのってちょっと照れ臭いよね。なんだか今の自分は汚れてしまったような気になるけれど、その思いが心の中からすっと湧き出るのは、今もそばにいつかの少年がいるからなんだね。
合わせ鏡に映る世界
世界はみんな裏返しに見えているのよ。まるで鏡を見ているようにね。だからいつも笑顔が映るようにするといいと思うよ。真面目なあなたの顔はいつもその顔。たまには、ほら、笑ってみてよ。そうすると笑った顔がそこに見えるから。まずはそこから。というかそれがすべてかもね。世界はそれで一変するかもしれないよ。試してみてね。
自信は過信
絶好調な時ほど慎重になれと先人は言うけれど、余計なお世話だってずっと思っていたんだよ。そんなこと人にとやかく言われる筋合いなんてこれっぽっちもないってね。でも身をもって体験すると、どれだけ自分をえこひいきしてみているのかってことを痛感する。自分を特別扱いする癖があるんだ。「勝って兜の緒を締めよ」ってそういうことだね。
ナンシーとイクラちゃん
制度とか法律とかの枠組みがあるからこそ、そこを書き換えることができる幸せを自由と呼ぶんだろうね。自由になるにはまずは枠組みがないといけない。ということは自由と制限の枠組みとはセットなんだよね。何らかの制限が完全に壊れてしまうと途端に自由を見失ってしまう。だから古臭い縛りや枠組みにいつも感謝しかないんだよ。
